「感動」とはなんだろうか。モビリティを手掛けるヤマハ発動機株式会社と、音楽事業を展開するヤマハ株式会社は、バイクや楽器などを通した「感動」の創造を企業理念として長く掲げてきた。この本質に立ち返るため、近年は認知神経科学の研究者らとともに、人間が感動する仕組みの解明を進めている。しかし、研究はどうしても論文発表がゴールになりがちだ。そこでより多くの人に研究の仮説を体験してもらうため、WOWが参加して制作したのが「e-plegona（エプレゴナ）」である。両ヤマハが追求する「感動」を人工的に生み出すことを目指した体験型インスタレーションであり、研究プロトタイプでもある。アメリカ・テキサス州で開催されたテクノロジーの祭典「SXSW 2023」をはじめ世界中のイベントに出展し、これまでに2000人以上が体験した。

感動の仕組みを解明する研究のなかで、たどり着いた一つの仮説は「チームフロー」。e-plegonaは、これを意図的に発生させる装置だ。チームフローとは、複数人が協力して何かを成し遂げる際に、心がつながり、高い満足感が得られるという現象。複数人でのインプロビゼーションで得られる感覚にも通じるものがある。もちろん感動のかたちに唯一の正解はないが、人と人とが関わるなかで強い一体感がともに得られたとき、人は感動するのではないか。この状態を目指すために、WOWは両ヤマハチームとともに、企画から実装までを一貫して担当した。

しかし、姿かたちのない「感動」を人工的に生み出す仕組みを考えるのは容易ではない。プロジェクトは企画段階から難航した。「エンターテインメントとしては成立するが、研究として相応しくない」あるいは「研究の道筋としては正しいが、体験として魅力的ではない」というせめぎ合いのなかで、両方を満足させる体験を考え続けた。数十の企画案を提出したが手応えは得られず、見えない正解を探し求める日々が続いた。

約7ヶ月間、企画提案を続けていたところ、一つのアイデアがヤマハのチームに響いた。その案をベースに、SXSWの来場者がより楽しめる体験設計をビジュアルデザインの側面からも考え、アイデアの膨らませ方についての議論を交わし、ついにe-plegonaの原型が生まれた。UIやアニメーションから、アプリのシステム、体験のルールメイキングなどまで、一連の工程をすべてにWOWが深く関与した。プランナー、ディレクター、デザイナー、プログラマーなど、メンバーたちは職能を超えて、アイデア出しからヒアリング、実装までアウトソースせずに社内で取り組んだ。これにより、研究者とも密にコミュニケーションが取れたと同時に、現地でも新しいルールやシステムを臨機応変に追加するなどの対応が可能となった。

e-plegonaとは、いわば「協力型の音楽ゲーム」である。2人のプレーヤーがペアとなり、直感的な意思伝達により協力しながら高得点を目指す。各プレーヤーはテーブル型のタッチスクリーンの前に向かい合わせに立ち、画面を叩いて「Note（リズム）」と呼ばれるアイコンをリズミカルに作り出す。相手にそれをリズムパターンとして送りつつ、相手から送られてきたNoteに触れることで「Tone（音）」を奏でる。つまり相手から届いたリズムを叩くことで音を生みながら、自分も相手に対してリズムを送るという、2つの役割を2人が同時にこなす必要がある。まるでジャズのセッションのように非言語的に相手の動きや息遣いを感じながら、身体を使ってプレイすることで、2人の間に強い一体感が生まれ、そこから感動を擬似体験できる仕組みである。高い難易度のゲームのクリアを目指すのではなく、協力して一つの達成感を得るプロセスが得られる、新しい装置が生まれた。 展示を体験した人々の反応は上々だった。研究としても、興味深い新しいデータが取れているという。現在もアップデートが続けられ、国内での展示も検討中だ。人間の感動の仕組みが完全に解明できる日が来るかはわからない。しかし、一つの方向性は見え始めているのかもしれない。